【考察】FF7とかいう主人公がテロ行為するゲームが愛されている理由

【考察】FF7とかいう主人公がテロ行為するゲームが愛されている理由

1 ネギうどん ★ :2023/03/03(金) 20:00:51.08 ID:yVRLfDVa9.net

1997年に発売された『ファイナルファンタジーVII』は、世界中で1000万本以上のメガヒットとなり、いまでもシリーズで最も売れたタイトルとなっている。
文芸評論家の藤田直哉さんは「主人公たちは独裁的な巨大企業に戦いを挑むテロリストとして描かれている。
作品内では『敵』への一方的な暴力の是非が問われており、そのテーマの深さが長く愛される理由となったのではないか」という――。

『ファイナルファンタジー』シリーズは日本を代表するRPGで、1997年に発売された『VII』は国内だけで400万本、全世界で1000万本以上を売り上げた。
国際的にも評価が高い。

内容は、一言で言えば、環境テロリストの話である。
神羅電気動力株式会社、通称・神羅カンパニー(Shinra Electric Power Company)が、政治・経済的な権力を握っている独裁的な世界が舞台であり、主人公たちはそこに戦いを挑むテロリストだ。
ゲーム開始直後に、主人公たちは魔晄炉(まこうろ)と呼ばれる発電所のような場所を爆破する。

つまり、ほとんど原子力産業や工業社会に抵抗するテロリストの話なのである。
魔晄を掘り出し、魔晄炉という発電所のようなところでエネルギーに変え、非常に栄えているミッドガルという都市。
そこに君臨する神羅カンパニーは露骨に「中央」なり「資本主義」なりの象徴である。

主人公クラウドが加担することになるアバランチという組織は、「星命学」という思想を信じている。
これは、要するに地球を守るために科学技術を排除しようという思想と死んだ魂が大地に戻るというスピリチュアル的な考え方が混ざったようなものである。
過剰に工業と資本を誇張して描かれるミッドガルに対して、アバランチは素朴な自然・霊性のようなものを擁護する勢力だとみなせる。

つまり、作品の基調となるのは、科学や技術、利益追求に邁進する世界のなかで失われる「自然」を求める、ロマン主義である。
『ファイナルファンタジー』というタイトルなのに、描かれるのは工業的な世界だが、本作におけるファンタジーとは、このような機械的なものによって失われる「自然」的な感覚のことを指すのだと解釈できるだろう。

神羅カンパニーのひどさを本作は鮮烈に描く。
たとえばミッドガルは、上層と下層に分かれていて、下がスラム街になっているが、神羅
カンパニーはプレートを落として下の人々を大量に犠牲にしてしまう。
スラム街育ちのヒロイン・ティファが、売春を思わせる仕事に従事しそうになるエピソードまである。

さらには、(オリジナルでの)ジュノンの町は、工業化による水質汚染で魚が取れなくなっている。
コレルの町では魔晄炉の事故が起こり、焼き払われ、その跡地にゴールドソーサーという遊園地が作られている。

アバランチのリーダーであるバレットは、元はここの鉱員で、豊かになるために魔晄炉誘致に賛成し、反対者の説得をしていたが、事故により故郷が壊滅し、後悔と自責の念と怒りでテロリストになったという過去を持っている。

ゴンガガ村では魔晄炉がメルトダウンして村が失われていたり、村が焼き払われて隠蔽(いんぺい)工作が行われていたりと、なかなかシビアな状況が描かれている。
「メルトダウン」や「隠蔽」などは、チェルノブイリなどの原子力発電所事故を思わせる。

続きはソースで
https://bunshun.jp/articles/-/61068

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